ラボン・リボンの想い
知識ではなく、執念で縫い上げる
私は、家庭科が苦手でした。
中学の授業で出されたパジャマの課題さえ、まともに完成させられなかった。
そんな私が、いま、1ミリの狂いも許さない型紙設計と向き合っています。
知識やセオリーを学んだわけではありません。
ただ、自分が納得できる「究極の心地よさ」を追い求めた結果、
気づけば、終わりのない試行錯誤の沼の中にいました。
今の私にあるのは、山のように積み上がった「ボツの遺産」と、
3台目にしてようやく巡り会えた、相棒のミシンだけです。
■ 工作としてのモノづくり
洋裁というより、それは「工作」に近い感覚。
布が身体に触れたとき、どう動き、どう馴染むのか。
既製品の基準ではなく、私の指先が「正解」だと感じるまで、
納得のいかないものはすべて、潔くボツの山へと沈めてきました。
■ 1ミリの妥協が、すべてを台無しにする
汚れ落ちの良さ、肌馴染みの柔らかさ、股上の深さ、鼠径部の解放感、ボタンの色…
そのわずかな差が、手にした時の感動を左右することを、私は沼の中で知りました。
「これでいい」ではなく「これがいい」と思えるものだけを、
一針ずつ、執念を込めて形にしています。
手に取った瞬間、そのリボンを解いた瞬間。
私の「執念の手仕事」が、あなたの日常を少しだけ自由にする装置に変わることを願っています。
ラボン・リボン
